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「窮鼠はチーズの夢を見る」は普遍的で良質な恋愛映画だった

名作「窮鼠はチーズの夢を見る」「俎上の鯉は二度跳ねる」の再構築

原作が良いだけに実写化はどうかと思ったら、とても良質な恋愛映画だった。最後までのめり込んで見てしまった。主人公・恭一の成長物語であり、今ヶ瀬側から見れば辛い話でもある。そしてこれはとても普遍的な愛の話だと思う。

恭一という虚無

恭一という人は一見何ら問題のない大人だが、その実は空虚だ。彼の掴み所がないのは、本人が自分をわかっておらず、わかっていないという事にも無自覚なためだ。家庭にもピンと来ていない。それでも社会生活には困らないし、何ならそういう人はごまんといる。

今ヶ瀬くんはこんな恭一の何が良くて恋をしたのか。話を見ていてもこの根本的な部分はわからない。ただ、恋愛とは往々にして理不尽で不公平で不合理だったりする上、理由などいくら考えても自分でもよくわからない事が多いのだから、「わからない」という点こそがリアルかもしれない。

恋の煌めきは一瞬だが、一生の宝だ

今ヶ瀬の苦しみは「ゲイの男性がヘテロセクシャルの男性に恋をした事」だけではなくて、普遍的な愛の苦しみだろう。恋愛はいつか冷めてしまう。どんなに情熱的な関係性も変わっていく。それは怖い事だけれど、悪い事ばかりでもない。恋の熱が冷めても幸せに暮らすカップルは大勢いる。
仮に別れてしまったとしても、切り取って宝箱にしまっておきたいような一瞬の煌く思い出があれば、人は生きていける。恭一と今ヶ瀬には何度もそんな時間があった。

愛するあなたは、いつか私から去っていくだろう

「大好きなあなたはいつか私から去るだろう」と覚悟を決めてなお相手を愛するのは辛いが、愛の本質はそういうものだと思う。結婚という契約形態のない二人なら尚更だが、これが男女のカップルだとて同じ事だ。今ヶ瀬は最初からその覚悟で恭一を愛していた。何もわかっていなかった恭一は、今ヶ瀬との関係で多くを学んだ。

今ヶ瀬は恭一の元に戻るだろう。が、また逃げ出してしまうかもしれない。恭一はその覚悟で待つのだろう。

大倉くんの「いい感じに死んだ目」と成田凌の濡れた眼差しの対比

映画は一貫して映像も音も静かだ。台詞をベラベラ喋りすぎない、うるさく説明しない演出も好き(一点、恭一の部屋がこジャレすぎててそこがちょっとリアルでない気がする。ああいう男はもっと素っ気ない部屋に住んでそう)。

大倉忠義成田凌は熱演だった。大倉くんはいい感じに「死んだ目」をする時があって、非常に恭一っぽい。成田凌の繊細な表情がまたいい。無言の演技に何度かグッときた。恭一の冷めた目と今ヶ瀬の濡れた熱い眼差しが対照的だ。恭一の方がずっと大人に見える。しかし、実は俯瞰で状況をわかっているのは今ヶ瀬の方だった。

みゆちゃんの名演が冴え渡る

女優陣は当て馬というか損な役回りばかりではあるが、それぞれに切ない余韻を残す。
個人的には恭一の妻を演じる咲妃みゆちゃんの名演。決して長くない登場シーン、台詞も多くない。しかし彼女の辛さがひしひしと伝わる。そしてそれが恭一に全く響いていないことも。
さすが元娘役トップ、いい女優さんだと改めて認識する。ああチギみゆコンビの演技に何回涙したことか・・・(みゆちゃんの「他にお付き合いしている人がいるの」という台詞に、チギさんの顔がよぎったヅカオタは私だけではあるまい)。

ところで濡れ場について

恭一は女性とも今ヶ瀬ともベッドシーンあり。いずれも大倉くんのバックショットがきっちり映るのだが、この人は顔のシュッとした印象と裏腹に結構体格が良い。ライブで拝見するとメンバー1ガッチリしている。映画ではもちろん体を絞っていて綺麗なのだけれど、中年期に差し掛かりつつある厚みがリアルで良い。

現役アイドルとしてはかなり攻めた濡れ場も演じていたが、物語上体の繋がりは大事なポイントなので、そこは外せないだろう。しかし私には生々しさは感じられず、記号的なベッドシーンだなぁという印象。この物語においては、まあそれが正解なのかもしれない。

子犬っぽい今ヶ瀬だが、実は大倉くんより成田凌の方が上背があるあたりもなかなか良いバランスだったと思う。